PROFILE

はじめまして! タマちゃんと申します。
この度は私の運営するブログにご訪問いただき、
誠にありがとうございます。

タマちゃんブログ』というブログタイトルからは、
一体どんなブログか分からないと思います。

僕の自己紹介をしたいと思いますので、
お時間のある時にでも読んで見て下さい。

 

タマちゃんはこんな人です。

 

僕は現在ポートフォリオ・ワーカーとして
Webコンサルタント
ファイナンシャルプランナー
産業カウンセラー
として多岐にわたり仕事をしております。

それまでは陸上自衛官として、
20数年余勤務し御国の為に全身全霊を尽くしてきました。

趣味は海外(国内)旅行、グルメ、ショッピングなどです。

ちなみに!

良く質問されることが、
僕を呼ぶときは「タマちゃん」でも「タマちゃんさん」でも
どちらでもお好きな呼び方でどうぞ笑

突然訪れた悪夢(懲戒免職)と無職・無収入という地獄

前述したとおり、僕は陸上自衛官として、20数年余勤務していました。
『陸上自衛隊』と聞くと高収入・安定というイメージがあると思います。
そのとおりで、僕は幹部自衛官だったので、
年収も同世代の人たちより高く安定もしていました。

ただ、幹部自衛官だったので、とにかく忙しく、
しかも中間管理職的な立場だったので、
上からのプレッシャー、下からの突き上げが激しく、
ストレスが溜まる度合いも半端ではありませんでした。

僕は自衛官として勤務してきて、こうした激しい業務の中で、
身体や精神を壊していく同僚や、
自殺まで追い込まれる同僚を何度も見てきました。

そのような激務の中で、
幹部自衛官として関東で勤務できる切符を手に入れる事ができました。

それの意味するところというのは、
すなわち地域(都市)手当が付き、給与が増えるということです。

関東勤務になり、階級もそれなりに順調に昇進していく頃には、
年収1000万に手が届いていました。
ちょうどその頃には、わりと高級な車も購入し、マイホーム購入も考えていました。
自分でも割と順調な人生を歩んでいるつもりでいました。

そんな順風満帆な中、突然の『懲戒免職処分』(いわゆるクビ)を言い渡され全てを含めて露頭に迷うとともに地獄に落とされてしまいました。

なぜ、懲戒免職になったかを説明しますと、、、、
詳しいことは言えませんが、当時、幹部自衛官として順調に進んでいた僕は定期的な転勤の為、とある組織(自衛隊の中でも特殊な部署)に配属されました。

そこでは、昔から行われていた業務上の悪しき習慣が横行していました。
最初はその悪しき習慣の実態を知ったときは激しく抵抗しました。
つまり、「このままその悪しき習慣を実施するなら、仕事はできない!」と。

妻にも相談しながらかなり悩みましたが、
当時の直属の上司と直属の部下の説得から最終的には請け負う形になりました。
(妻は断固として反対でしたが・・・)

今にして思えば、もっと大きな声で周りにアピールしておくべきだったかなとは思いましたが、当時は、関係者に迷惑がかかると思い、自分の中だけで消化するようにしていました。

がしかし、ある時、直属の部下の一人と仕事上で口論になりました。
その時はそれで終わりかな?と軽く考えていましたが、

悪夢が突然やってきました。口論した部下が、その悪しき習慣について公益通報をしたのです。そしてその責任が僕に振りかかる様に計画されていました。
そして僕は懲戒免職、部下と上司は停職(明らかに根回してただろ??)という現実を叩きつけられたわけです。

とまあ、これ以上詳しくは申し上げにくいのですが、僕としては絶望感と精神的ショックから免職後はどうしても頭と身体に力が入らず働くことが困難な状態に陥りニート化になってしまいました。

とは言いつつも、家族を養っている身、なんとかしなければと思い、
カウンセリングに通いながら心の再起と、
簡単なバイトをしながら身体の再起を図るべく、

正社員として働けるように自分の心と身体にムチを打ちながら、
這いつくばりながら復活するための調整をしていました。

「捨てる神あれば拾う神あり」先輩自衛官によって救われた家族と自分

懲戒免職という経歴を背負いながらの再就職ってどうよ?
普通で考えたら絶望するかと思いきや、実はそうでもありません。

後から知ることとなりましたが、僕みたいなマイナスの経歴を持っている者でも、
ホワイト企業に就職したければ、工夫を重ねればよいわけです。肝心なことは諦めてはダメだということです。

例えば、
気になる企業に知人がいる場合はOBを訪問したり、
経営者や人事担当者と顔見知りなったり、
履歴書の書き方次第で選考されたりなど

僕の場合は、OBの方を通じて就職口を紹介してもらいました。
本当にありがたい事に、経営者に事情を説明し、僕を雇ってもらえるよう計らってもらいました。

ただ、僕が免職後すぐに入社した会社は『石油の問屋業』でしたが世間で言われる
「ブラック企業」どころではないレベルの「ブラック企業」でした。笑

そもそも”定時”という概念がないため、1日15時間働こうが”残業”と呼べません。

もちろん残業代に当たるものも出ません。

 

社会保険すら付いていない。

僕が自腹で毎月払っていた国民保険料は8万です・・・・

 

当たり前のようにボーナスもなし。

ボーナスがでるかもよ?という言葉すら一度も聞いたことがありません。

 

有給という制度も言葉も存在しません。

コレって法律や会社法で決まっていますよね?笑

などなど

 

そんな感じでかなりヤバめの会社だったのですが、
給料は割ともらってましたし、
幹部自衛官の時に比べれば全然ホワイトでした。むしろ真っ白!!
精神的に病んだ人や自殺者は聞いたことがありませんでした。

そして何より仕事自体が楽しかったのです。
辞めようという気はありませんでした。
何が楽しかったといいますと・・・・

『歩合制』だったので、
自分が働いて結果を出した分はリターンがあるという事。

リアルで『経済の流れを体感』でき、
経済面からみた世の中の関心事をリアルに勉強できる事。

『お金』、ファイナンシャル・リテラシーが身につく事。

これから確実に伸びるIT・Webマーケティングのスキルが身につく事。

などなど。

何より、自分の会社内でのポジション上、責任も大きく、
簡単に「辞める」なんて言えるような状況じゃなかった訳です。

 

ところが、入社して2年目の時、大手石油会社の統合合併により、
中小企業のあたり風が強くなり、会社の経営状態も年々悪化し、
優秀な人材が会社を去って行きました。

当然、残った僕たちにはその分の負担が大きくかかってくるわけです。

それでも売上が追いつかなければ・・・
人員削減

 

それでも状況は良くなりませんでした。
店舗縮小

 

さらにまざまざ続く向かい風と売上減少。
人員削減・・・

 

まさに悪循環でした。

そして、それは何も僕たちだけの会社内に限ったことではなく、
中小零細の石油関連会社はバタバタと倒産して行きました。

石油業界で生き残って行くのは難しいかな・・・

入社した時より、いつか必ず独立してやるぞ!という意気込みでしたが
現在の状況を冷静に捉え、

「石油会社で小さな会社を立ち上げ成功させる事がいかに困難か。」
という事を理解しました。

 

リアルビジネスで一番お金がかかるところといえば「人件費」です。
石油の小売や問屋として商売を始めるとしても、マージンが著しく少ないのです。
だからといって自社商品を作ったとしても、仕入れ値などの「原価」もかかります。
もちろん店舗を構えるとしたら莫大な「設備投資」が必要です。

民間で働いて理解したのは、それらを補って余り得る売上を確保する事が、
どれだけ難しいか、僕には十分理解していました。

 

集客に関しても、
大手の元請けと契約している兼ね合い上
好き勝手な方法で集客するわけにもいきません。

「好きな時に好きな施策をうって集客する」
ということができないのです。

もともと、独立志向が強かった僕は、
「独立するために何か他に良いビジネスはないか?」
と模索するようになりました。

ネットビジネスとの出会い

現在の日本の経済状況や、景気の悪さが背景となって

「お小遣い稼ぎ」
「在宅副業」
「独立・企業」

などのキーワードでネットビジネスにたどり着く人たちは多いと思います。

 

さらに副業解禁も後押しして、
僕もご多聞くにもれず、

「副業」
「独立・企業」
というキーワードでネットビジネスというものを、
知ることとなります。

 

もちろんその時はパソコンのスキルも知識も全くなく、
ネット関係に関してはド素人の状態でした。

「ネットビジネス?なんか難しそうだな・・・」

と感じ、その時はそれ以上ネットビジネスに関して、
深く調べることはありませんでした。

 

実際、当時は急いで独立しなくても生活して行く分にはさほど不自由がなく、
”危機感”というものがなかったからです。

そんな中、仕事の方でも転機が訪れます。
会社から「社内独立で●●ビジネスをやらないか?」
というオファーがあったのです。

要するに、
会社が生き残りの為に、他の事業に投資して、それをお前に任せる!

という話です。

もし引き受ければ、売上の7割をいただけるという話でした。
当然、二つ返事で引き受けました。

最初こそ苦しい時期もありましたが、Webマーケティングを事業と取り入れ、
売上を右肩上がりで順調に伸ばしていきました。

こんな不況の中でも、順調に売上を伸ばせる事ができるなんて
ネットを取り入れる凄さを実感しました。

そうすると次に芽生えたのが、
「コレって会社に依存せずに生きていけんじゃね?」

自衛隊をクビになった僕からしたら、世の中には絶対などありえず、
常に危機感を持っていざという時でも、家族を養っていけるスキルは必要だ!

という想いから、ネットビジネスを絡めたビジネスを本格的に、

実践してみようと思い始めました。 

ポートフォリオワークという働き方

ネットビジネスを始めようと考えて色々と情報収集をはじめました。

会社でやってるような有形資産を売ることができないため、
情報やサービスを提供できないかという事を考えました。

・人件費
・設備投資
・仕入れ費用

自分が独立するのにネックになると考えていた部分を、
排除したサービスの提供方法を、、、

「パソコン1台あればどこでも仕事ができる」
「好きな時間に好きなだけ作業ができる」
「人を雇う必要なく、自分一人でできる」
「店舗を保つ必要もなく設備投資が不要」
「在庫を抱える必要がない」
「無料、若しくは少ない資金で始める事ができる」
「副業もできるが、独立・起業にも向いている」

という特徴に加え、

「レバレッジ(テコの原理)」
が効くビジネスを模索しました。

 

また、ポートフォリオワーカーとして、
過去の失敗に基づき、パラレルキャリア(複業)と似た考えの働き方をも考えました。


何があるかわからない、変動する人生に備えて、
自らのキャリアを戦略的に選択し、創造してく意味合いも込めて、


また、人生を豊かに楽しむために複数の仕事を組み合わせて活動することにより、
「老後のために頑張って蓄えよう」という視点もさることながら、
「好きなことを掛け合わせ、働く楽しみを増やそう」
という考え方も視野に入れています。

ポートフォリオワーカーのメリット

メリット1:収入源のリスクを分散できる。

ひとつの業界が落ち込んでも他の収入源で支えられるます。
収入源を失うリスクを減らせるのです。

メリット2:スキルの掛け合わせで市場価値を高められる。

一つの分野・スキルのみで仕事をしていても、
その中のトップクラスになるのは簡単ではありません。
一方で、複数のスキルを学び掛け合わせることで、自身にしかできない仕事が発生し、
市場価値を高められます。

メリット3:自分の新しい居場所や可能性を発見できる。

メインの会社以外の場所に活動の場を持つことで、
そこで新たな出会いを発見したり、やりがいを見出したりする可能性もあります。
ある仕事でうまく活かせないスキルや特性があっても、
別の仕事であれば活かせるかもしれません。

ポートフォリオワーカーのデメリット

デメリット1:スキルやキャリアの積み上げが中途半端になる。

デメリットのひとつとして、複数の仕事を担当するがゆえに、
特定のスキルアップやキャリアの積み上げが中途半端になってしまうことが考えられます。
キャリアの積み上げが中途半端になってしまう恐れがあります。 ひとつの会社の仕事に集中した方が、最先端の知識や技術を吸収し、
チャレンジングな仕事に挑戦する機会を得やすいかもしれません。

デメリット2:収入を安定的に軌道に乗せるまで時間がかかる。

ポートフォリオワーカーとして複数の仕事を担当した場合、
収入を安定的に得られるまで時間がかかることもあります。
また稼ぎには波があり、
今月は100万円の売上があっても、翌月は10万円以下になってしまうことも。

デメリット3:健康保険や年金の支払い負担、社会的信用の不安定さ

会社勤めをしながら複数の仕事を兼任する場合は別ですが、
フリーランスとしてポートフォリオワーカーをする場合、
社会的な信用の不安定さが気になります。
たとえばクレジットカードを契約したり、住宅ローンを組んだりするときに、うまく審査が下りないことも。
また会社員とフリーランスでは、年金や健康保険の面で大きな違いがあります。

メリット・デメリットは様々ありますが、ともあれ、

◎今の生活をどうしても変えたい。
◎嫁や子供にもっといい暮らしをさせてあげたい。
◎会社に依存する生き方は嫌だ。
◎将来独立するために自分の力で稼ぐ力を身につけたい。

という想いから始めたのが、
「Webマーケティング」
「FPとして個人資産コンサル」
「産業カウンセラー」

いずれも、B向きで始めました。